な毎か

なんて事ない毎日がかけがえないんだよなぁ…

はやまるの「りんごの木」と物理

筆者の妄想が多分に入っているので、気を楽にして読んでいただけるととってもありがたいです。

「りんごの木」について

簡単に「りんごの木」について説明する。

Run Girls, Run!という声優ボーカルユニットがある。結成3年目の2020年、ユニットの1stアルバムがにリリースされた。アルバムには各メンバー初となるソロ曲が収録されており、その中に林鼓子さん(愛称はやまる)のソロ曲「りんごの木」が収録されている。

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作編曲は広川恵一さん、作詞は只野菜摘さん。3分という短い尺でありながら力強い疾走感のあるロック調の楽曲である。はやまるの高い歌唱力が感じられ、非常に熱くなれる。

楽曲のコード、メロについては知識が浅いので考えない。タイトルと歌詞に注目する。

「りんごの木」というタイトル

さて、タイトルの「りんごの木」。なぜ林檎かというところでは、歌詞の

赤い林檎のような両頬が
ミルク色になる頃

にあるように、林檎のような赤い頬が成長につれて乳白色に変わっていくところから来ている。というのが一般的のようだ(自分調べ。信憑性なし。)。

一方、自分は「りんごの木」は別ルートからの解釈ができるのでは無いかと思った。そのきっかけとなったのは以下の歌詞である。

座標軸は ここだ りんごの木

これまた一般には、『ここだ』ははやまるの名(鼓子)からきており(他のメンバーソロ曲でも、歌詞に名前が入っているため)自然で、また、「りんごの木」はタイトル回収のために入れてあるものとして解釈されているようだ。

気になったのは『座標軸』である。世界の中心は自分だ!ということを力強く表現しているのは間違いないと思ったが、その表現のためにあえて『座標軸』という単語を使ったのか気になった。

その時、偶然筆者は数学の一分野である「微分幾何学」を齧っており、そこに意外な関係性がありそうに思えてきた。細かいところは数学徒に譲るとして、この分野の重要な概念に「局所座標」というのがある。「局所座標」とは誤解を恐れず言うと、どんなに曲がりくねった空間でも、1点の近く(近傍)では"まっすぐな"座標と考えることができるものである。

だからなんだといった感じかもしれない。ところが実は、上述の微分幾何相対性理論の基礎をなす概念である。かのアインシュタインは時空の歪みを微分幾何を用いて記述し、重力場の理論を作っている。

重力…?りんごの木…?あっ…。そう、ニュートンが重力を発見したと言われるりんごの木とピタリと一致する。

「りんごの木」と物理

この偶然か、自分のこじつけか分からない発見の後、「りんごの木」の歌詞を物理の歴史に照らし合わせて見るようになった。この考えを元に歌詞を(強引に)解釈してみると次のようになる。

1番冒頭

たたかれるよりも先に
罰してしまうように

『罰してしまう』というのはどうも強い表現だと思っていた。これをガリレイ時代に当てはめると異様にしっくり来る。周知の通りガリレイは地動説を唱えて宗教裁判に掛けられ、罰せられたのである。

新しい、衝撃的な実力が皆に知られたとき、まず周囲から非難を浴びせられてしまう(しまった)ことを示しているのだろうか?

1番サビ

抱きしめても両手がとどかないよ
ざわつく木漏れ陽が
ブレそうな心 埋め尽くした
座標軸は ここだ りんごの木

改めて発端となった歌詞を解釈してみる。『抱きしめても両手がとどかない』ため、腕が届く範囲(局所)に座標を取ることができず、自分の状況が分からない。また、『ざわつく』、『ブレそうな』で不安定な、複雑な状態に至るところ埋め尽くされていることを表している。上述の曲がりくねった空間にいることを示している。

そんな中、力強く『座標軸は ここだ』と宣言して1点を定め、局所座標を定めている。これにより重力場が定まって現象が見え、己の状態が分かるようになる。"まっすぐな" 自己を確立したことを仄めかしているように思える。

2番冒頭

赤い林檎のような両頬が
ミルク色になる頃
私は欲望フレーバーの
りんごをもぎ取った

『欲望フレーバーのりんご』と、2番の『甘い果実』と『仕掛けた罠』から、アダムとイヴの林檎が連想される。この林檎は知恵の樹の実であり、神の知恵を得る代わりに命が有限になってしまう話が旧約聖書にある。

子供だった自分から大人への進歩、さらには知恵を得たことを表現していると思える。

2番サビ

転がる境界線 逃げ出したくないな熟した夢

『境界線』は「事象の地平線」ではないかと考えられる。「事象の地平線」は、ブラックホールから光が脱出できない境界を示すもので、しかも、「カー解」により記述されるブラックホール回転している。

『熟した夢』を光を対応させると、『逃げ出したくない』から、ブラックホールから取り逃したくない事を意図しているように思える。つまり、はやまるはブラックホールのような強烈な重力(引力)を持つ存在に例えられているように思える。

新機軸は ここから始める

『新機軸』は天動説から地動説、あるいは古典物理から相対性理論による現代物理への移り変わりが起きたことに対応していると見える。1番で確保した自分の足場(座標系)から事を起こそうという宣言である。

2番落ちサビ

風に吹かれ 甘い果実 齧りながら きみを待ってる
仕掛けた罠 歌に呼ばれ さあ落ちればいいよ

『さあ落ちればいいよ』は重力により落ちるというのもあるが、「堕ちる」、つまりはやまる沼に堕ちていくことを指しているようにも思える。ブラックホールの持つ重力により、『歌に呼ばれ』吸い込まれていく様を表しているのだろうか。

そうなると『きみ』はこの歌を聞いている人になるだろうか?特定の個人を指しているというよりは、不特定の視聴者、ファンを示しているように思える。

2番ラスサビ

座標軸はここ (心の真ん中)

『(心の真ん中)』から、1番サビから進んで、確立した自己がすっかり心の真ん中にあることを示しているように思える。

まとめ

本曲を順を追ってみると、はやまるの下積み、自己の確立、成長、そしてこれからを表現しているように思える。生き様とも言えるかもしれない。そして、もっとファンを増やしたいという意思もおぼろげに汲み取れた。

明確に解釈できていないのは

翻弄しないでよ 憧れさせただけで
遠ざかってしまうなんてずるいよ

である。別口から考えると、Run Girls, Run!の先輩ユニットWake Up, Girls!の先輩たちに向けていた憧れと、その卒業による遠ざかりを指しているのかもしれないが、物理が絡んでこない。

強引な解釈を重ねた結果、だいぶ怪文書になってしまった。個人の解釈が多分に入っているので、不快に思われた方もいるかも知れない。この場で謝りたいと思う。

また、実はこの話題は「Share the Night」のオンエア時からずっと気になっていたのだが、なかなか文章化できずにいた。考え始めてからそろそろ1年が経ち、まだまとまってないのだが書かないと忘れてしまう気がしたため残しておくことにした。